二学期がはじまる―津島小学校

余田大輝

遠い昔。想像のお話。

清々しい青が空一面に広がっている。きっと今日は星が綺麗だろう。こんなに晴れているというのに今日はさっぱりと涼しい。やはり津島の夏は最高だ。車窓から見える空に、そんなことを考えながら、小学校までの道を運転する。今日で夏休みは終わり。先生としてのお勤め再開だ。

子どもたちのように「ずっと夏休みであってほしい」と思う歳ではない。けれども、「ずっと夏であってほしい」とは心からそう思う。いやあ、去年の雪はひどかった。腰まで埋まるほど降って、あやうく家に帰れなくなるところだった。そういえば、葛尾から仕事に来た建具屋さんが立ち往生していたなあ。結局、葛尾まで帰れなくなって、家に一晩泊めさせてあげたのは今となってはいい思い出だ。ついでに、歪んだ扉を直してくれたのはとても助かった。でも、やっぱり冬はこりごり。

「先生!おはようございます!」

誰もいない駐車場で車から降りて、校門へ向かってゆっくり歩いていると、右斜め後ろから元気な声が聞こえてくる。振り返ると、半袖半ズボンの少年が小走りで近づいてきていた。私のクラスの生徒だ。

「●●君、おはよう!」

彼の活気に負けないように、私も威勢よく返事をする。

「先生、そのハコなあに?」

「これは来週の工作の授業で使う道具が入っているハコだよ」

手に持っているハコをまじまじと見つめる彼にそう答えた。

食欲の秋・読書の秋などというが、子供たちには工作の秋も大切だ。手の器用さも頭の柔軟さも鍛えられる。学校のノコギリの刃が傷んでいたから、夏休みの間に知り合いの大工さんに頼んで研いでもらったのだ。

「工作たのしみ!」

笑顔でそう答えた彼の顔を見ると、わざわざ道具の手入れを頼んだ甲斐もあったものだ。

笑みを浮かべる彼に夏休みのことを聞いてみる。

「●●君、夏休みはどうだった?」

「▲▲くんたちとあそんだ!キックベースしたよ!」

友達と仲良く遊んでいたようで何よりである。▲▲君は知らない名前だ。●●君は村境に住んでいるから、きっと隣村の子なのだろう。私が子どもの頃はキックベースなんてしていただろうか。蹴っていたのはもっぱら石や缶だったように思う。ボールで遊べる今の子どもたちはいいなあ。私たちの頃なんか、学校に行かずに農作業を手伝うこともしょっちゅうあったなあ。彼の話を聞きながら、自分の子ども時代を思い返す。

「キックベースは楽しかった?」

「うん!松の木でキックベースしたの!」

松の木でキックベースとは一体どういうことだろう。ボールを松の木で作ったか。いや、そんなことはないだろう。理解できないまま、「松の木?」と反復する。

「お墓の前に松の木が三本あって、それがベースなんだよ」

ああ、松の木をベース代わりにしたということか。子どもたちの発想力にはつくづく感服する。いま手元にあるもので工夫して遊ぶのは子どもの成長にとって非常によいことだ。

「よく考えたね」

そう褒めると、今度は照れたような笑みを浮かべた。

昇降口に着くと、子どもたちが駆け出してきた。

「先生おはよう!」

「■■君、おはよう」

「●●、校庭いこう!」

「ちょっとまって!すぐいく!」

「さきいってるね!」

「えー、まってよー」

「桑の木のところに集合ね」

「わかった!」

高速ラリーのような会話を交わすと、●●君は急いで教室に向かっていった。

反射的に「廊下を走っちゃダメだぞー」と言ったと同時に、夏休みで薄れていた小学校の先生としての自覚を取り戻す。そして、自分の頬を両手でパシンと叩き、再度気合を入れ直す。

さあ、今日から二学期がはじまる。

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